組織において最も危険なのは、問題が大きいことではなく「問題を問題と感じられなくなること」です。上司の振る舞いに疑問を抱いても誰も口に出さない。ルールが守られなくても「仕方ない」で受け流される。こうした“みて見ぬふり”が繰り返されるうちに、社風そのものが感覚を失い、変革の芽は摘み取られていきます。
本コラムでは“麻痺する社風”という少し強い言葉をあえて用いています。それは、違和感を抱けなくなっていく状態を直感的に伝えるためです。ここで扱うのは、社員一人ひとりの心の動きと、それを形づくる組織全体の空気が重なり合って生まれる現象です。無自覚に問題を受け流してしまう状態をどう見抜き、どう変えていけるか。その糸口を考えていきます。
目次
- 変革を阻む「麻痺した社風」とは
- なぜ「みて見ぬふり」を選ぶのか~6つの心理メカニズム~
- 声を循環させる組織へ
- 4コマ漫画はたらくわたし「神棚部長と麻痺社風」
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1. 変革を阻む「麻痺した社風」とは
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麻痺した社風は、最初から存在するわけではありません。はじめは小さな違和感から始まり、「今回は見逃そう」が繰り返されるうちに基準が少しずつズレていく。冷静に考えれば疑問点は山ほどあるのに、いつの間にか「違和感を抱く力」自体が失われていくのです。
社会学ではこれを「逸脱の正常化」と呼びます。本来あるべき姿と今の実態の乖離に気づけないことこそが、変革の最大のブレーキになります。
馴染むことは適応の証のように思えますが、時にそれは“変化を拒む鎖”にもなります。違和感を見過ごし続けた組織は、新しいアイデアを受け入れる力を失い、挑戦するよりも現状を守る方を選ぶようになってしまうのです。

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2. なぜ「みて見ぬふり」を選ぶのか~6つの心理メカニズム~
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社員が声を上げないのは、個人の弱さではありません。心理的な仕組みと組織の空気が、それを合理的な選択にしてしまうのです。
損失回避の心理(行動経済学でいうプロスペクト理論)
人は得られる利益よりも失う可能性のある不利益に敏感に反応します。小さな改善の可能性よりも「関係が悪くなる」「評価が下がる」といった損失の方が強く意識されるため、結果的に「得もないし、損だけありそうだから黙っておこう」と考えてしまいます。
同調圧力(心理学のアッシュの実験で有名な現象)
周囲の大多数が黙っている場面では、自分の意見を抑えて空気を読もうとする傾向が強まります。「みんなが黙っているのだから、わざわざ自分が言う必要はない」と思い、沈黙を選ぶのです。
多元的無知(皆疑問を持っているのに“賛成している”と誤解する現象)
実際には多くの人が違和感を抱いているのに、お互いに「他の人は納得している」と思い込んでしまう状態です。その結果、「自分だけが気にしているのかもしれない」と感じ、声を出さなくなります。
学習性無力感(心理学者セリグマンが提唱)
過去に意見をしても取り合ってもらえなかった経験が積み重なると、「どうせ変わらない」と諦めの感情が根づきます。そうして次第に声を上げる意欲そのものが失われていきます。
傍観者効果(責任の分散によって誰も動かなくなる現象)
人数が多い場面ほど「誰かがやってくれるだろう」と責任が分散し、結局は誰も行動を起こさなくなります。そのため「これは人事や管理職の役割だろう」と考え、現場の人は静観してしまいます。
アビリーンのパラドックス(誰も望んでいないのに“全体のため”と誤解して合意してしまう現象)
本心では反対していても、波風を立てないために周囲に合わせてしまう現象です。「本音はNOだけれど、反対しない方が平和だ」と考え、結果として誰も望んでいない決定に従ってしまいます。
こうした心理は一見“自分を守る合理的な選択”に思えます。しかし組織全体で繰り返されると、問題は放置され続け、「声を出さないことが当たり前」という社風を強化してしまいます。つまり、みて見ぬふりは個人の弱さではなく、組織が作り出す構造的な現象なのです。

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3. 声を循環させる組織へ
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現場では心理的安全性の重要性が語られるようになりました。しかし、問題は「声が本当に届いているか」という点です。直属の上司にしか伝わらなかったり、経営の意図が十分に共有されなかったりすると、現場の声はかき消されてしまいます。
一方で経営からの発信も、背景や意図が十分に伝わらないまま施策として降りてくることがあります。理解が伴わなければ、「会社が決めたから…」と受け流され、せっかくの取り組みが停滞してしまうのです。
こうしたすれ違いを防ぐには、「声を届ける仕組み」と「考えを共有する場」が欠かせません。
双方向のやりとりが成立することで、はじめて変革は息づきます。
社風の“麻痺”は、放置すれば知らぬ間に組織の動きを鈍らせる要因になり得ます。しかし一方で、気づきを共有し、対話を重ねる姿勢を持てば、確実に変化を生み出す土台になります。経営層・管理職・現場、それぞれが関わり合いながら“声の循環”をつくっていくことが大切なのです。

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4. 4コマ漫画はたらくわたし「神棚部長と麻痺社風」
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企画・編集:『SIMBAUNIVERSITY』編集部
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